源顕房邸跡(読み)みなもとのあきふさていあと

日本歴史地名大系 「源顕房邸跡」の解説

源顕房邸跡
みなもとのあきふさていあと

「百錬抄」久安元年(一一四五)三月二三日条に「六条(顕房)右大臣旧第炎上、六条ノ北室町ノ西」とあり、「拾芥抄」京程図にも、六条大路の北側、室町小路の西側方一町と記される。この方一町は現銭屋(ぜにや)町の全域と蛭子(えびす)町・堺(さかい)町の一部にあたる。

源顕房は村上源氏の系譜を引き、右大臣源師房の次男にあたる。母は藤原道長の娘尊子で、顕房の娘賢子は藤原師実の養女となり、白河天皇の中宮となった。この間に生れた堀河天皇が応徳三年(一〇八六)即位したことにより、顕房は天皇の外祖父となった。康平四年(一〇六一)従三位参議、永保三年(一〇八三)右大臣となり、世に六条の右大臣と称す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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