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澤穂希 さわほまれ

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知恵蔵2015の解説

澤穂希

女子サッカー選手。1978年9月6日生まれ、東京都府中市出身。2011年、ドイツで行われたFIFA女子ワールドカップで、日本女子代表チームなでしこジャパン」を優勝に導いたキャプテン司令塔として有能なミッドフィールダーテクニックスピードパワー、決定力、チームを率いる人間性と、様々な面で抜きんでていると評価されている。
小学校に上がる頃、1歳上の兄の影響でサッカーを始めた。当時は女子チームがなかったため、小学2年生になると男子に混じって試合に出るようになる。その頃からテクニックもぶつかっていく勇気も男子以上だったと伝えられている。「なぜ女の子がサッカーを」といじめられることもあったが、「私はプロになって見返してやるからと思いなさい」という母の言葉など家族に支えられ、持ち前の負けん気と努力でぐんぐん上達していった。
中学に上がり、読売(現・日テレ)SCベレーザのユースチームに入団すると、すぐにトップチームに抜擢(ばってき)され、全国リーグに出場するようになる。中学3年生、15歳で日本代表に選ばれ、1995年のFIFA女子ワールドカップ・スウェーデン大会、96年のアトランタオリンピックに出場。その後、帝京大学に進学するが、高いレベルのサッカーを目指して99年に中退し、アメリカのコロラド・デンバー・ダイヤモンズに。翌年アトランタ・ビートに移籍して活躍。だが、2004年、アメリカ女子サッカーリーグWUSA休止により帰国、日テレ・ベレーザに再入団した。11年、INAC神戸レオネッサに移籍。
日本代表として18年間、5回のワールドカップ、3回のオリンピックを経験しており、優勝した11年のFIFA女子ワールドカップ決勝で、代表としての通算ゴール数80を記録。これは、釜本邦茂の75を大きく超えた男女を通じての日本代表最多得点記録になる。FIFAによって同大会の大会最優秀選手(MVP)と得点王に選ばれた。

(菘(すずな)あつこ  フリーランス・ライター / 2011年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

澤穂希 さわ-ほまれ

1978- 平成時代の女子サッカー選手。
昭和53年9月6日生まれ。ポジションはMF(ポスト下)。府ロク少年団から,平成3年読売日本サッカークラブ女子ベレーザ(現・日テレ・ベレーザ)に入団。11年アメリカ女子サッカーリーグのコロラド・デンバー・ダイヤモンズにはいり,12年アトランタ・ビートに移籍。16年アジアサッカー連盟(AFC)年間最優秀女子プレーヤーに選ばれる。同年日テレ・ベレーザに復帰。18年日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)最優秀選手賞。五輪は平成8年アトランタ,16年アテネと出場,20年3度目の北京で4位入賞をはたす。日本代表(なでしこジャパン)通算145試合出場72得点(21年11月)。21年ワシントン・フリーダムへ移籍,同年日テレ・ベレーザに復帰。23年INAC神戸レオネッサに移籍。同年ドイツでのFIFA女子ワールドカップではキャプテンをつとめ,5得点をあげて得点王となるなど日本チームを金メダル獲得にみちびき,MVPに選ばれた。同年菊池寛賞。24年,国際サッカー連盟(FIFA)23年の女子年間最優秀選手に選ばれる。同年ロンドン五輪代表に選ばれ,5試合に出場して銀メダルを獲得。27年FIFA女子ワールドカップ日本代表にえらばれ,全7試合中6試合に出場し,準優勝に貢献。東京都出身。南野高卒,帝京大中退。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

澤穂希
さわほまれ
(1978― )

女子サッカー選手。9月6日、東京都府中市生まれ。東京都立南野高等学校(現、都立若葉総合高等学校)卒業、帝京大学中退。兄の影響で6、7歳ころからサッカーを始め、地元のサッカークラブで男子と一緒にプレーしていた。1991年(平成3)中学校入学とともに、読売日本サッカークラブ女子ベレーザ(現、日テレ・ベレーザ)に入団し、Lリーグ(なでしこリーグの前身)に出場。1993年、15歳のときにサッカー女子日本代表選手として初めて選出され、1995年にFIFA(フィファ)第2回女子ワールドカップ・スウェーデン大会に最年少選手として出場。続く1996年のオリンピック・アトランタ大会では、日本代表チームのエースとして出場した。1999年、アメリカの女子サッカーリーグのコロラド・デンバー・ダイヤモンズに入団し、2001年(平成13)にアメリカで発足した女子プロサッカーリーグWUSA(Women's United Soccer Association)のアトランタ・ビートに移籍した。2004年帰国し、日テレ・ベレーザに復帰。その後、2004年のオリンピック・アテネ大会、2008年のオリンピック・北京(ペキン)大会(4位入賞)に日本代表として出場した。2011年にINAC神戸レオネッサへ移籍。同年、ドイツで開かれたFIFA女子ワールドカップではキャプテンとして出場し、日本サッカー史上初となるワールドカップ優勝に尽力した。同大会では5得点1アシストで得点王となり、MVPを獲得。同年、菊池寛賞を受賞。さらに、ワールドカップでの活躍により2011年度のFIFAバロンドールを受賞した。2012年オリンピック・ロンドン大会でも代表に選ばれ、銀メダル獲得に貢献。また、2015年にカナダで行われたFIFA女子ワールドカップでは全7試合のうち6試合に出場し、準優勝に貢献した。2015年、現役を引退。
 2011年にワールドカップ・ドイツ大会で優勝したチーム・なでしこジャパンは、団体として初めて国民栄誉賞を受賞。同年11月、紫綬褒章を受章した。[編集部]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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