火長(読み)カチョウ

世界大百科事典 第2版の解説

かちょう【火長】

律令軍制における兵士10人の長。唐制で兵士50人を隊とし,その長として隊正を置き,兵士10人を一火として,その長を火長とよんだ。これを継受した大宝・養老軍防令も10人を一火とし,火ごとに官馬6匹ずつをあてて肥養させた。また火ごとに紺の布幕,釜,鍬,斧,鎌などの戎具を備えさせ,軍団の庫(くら)に納めて,軍事行動には火ごとに支給・携行させたが,火長はその責任者になった。【野村 忠夫】

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大辞林 第三版の解説

かちょう【火長】

律令制下の軍団の行動単位である火(兵士一〇人で組織)の長。
検非違使の下級職員。府生ふしようの下。看督長かどのおさ・案主長あんじゆのおさなどの職についた。

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精選版 日本国語大辞典の解説

か‐ちょう クヮチャウ【火長】

〘名〙
① 古代の兵制で、兵士一〇人(一火)の長。
※万葉(8C後)二〇・四三七三・左注「右一首火長今奉部与曾布」 〔新唐書‐兵志〕
検非違使の配下で衛門府の衛士を選抜したもの。看督長(かどのおさ)、案主(あんじゅ)を総称していう場合もあった。
※三代格‐二〇・延喜元年(782)一二月二一日「伴使者等、令僕従之輩着佩桃染衣(アラソメノキヌ)并大刀等、妄称火長之号以為威猛之具

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世界大百科事典内の火長の言及

【検非違使】より

…弘仁年間(810‐824)の中ごろ創置されたと推測されており,その初見は816年(弘仁7)に左衛門大尉となり検非違使の事を兼行したとみえる興世書主である。左右衛門府職員が〈使の宣旨〉により兼任するのが原則で,弘仁左右衛門府式では定員を左右それぞれにつき官人1,府生1,火長5と定め,貞観・延喜式では左右それぞれ佐1,尉1,志1,府生1,火長(かちよう)9に増員し,834年(承和1)には別当が置かれている。火長は看督長(かどのおさ),案主,官人従者などからなり,式にはみえないが,火長の下に下部と称する下輩が置かれていた。…

※「火長」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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