衛士(読み)えじ

百科事典マイペディアの解説

衛士【えじ】

律令制で皇居・都などの警備を担当した兵士(ひょうじ)。全国の軍団から選抜され,衛門(えもん)府・左右衛士府に勤務。期限は養老令では1年交代,のち3年交代。実際には守られなかった。8世紀末,軍団廃止,健児(こんでい)採用後は地方から直接に徴集。まもなく形骸化した。→衛府
→関連項目陣屋兵衛府

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世界大百科事典 第2版の解説

えじ【衛士】

日本古代の律令制のもとで,朝廷や京の警衛にあたった兵士。その名称は唐制に由来する。公民から徴発され,諸国の軍団に勤務する兵士のうちから交替で都に送られ,五衛府のうち衛門・左右衛士の3府に配属された。定数はときにより増減があり,805年(延暦24)の時点では衛門府400人,左右衛士府各600人,計1600人が存在していた。衛士の任務は宮城内の中門(宮門)・諸所の警衛,京中の夜間の巡検,天子行幸のおりの警固などであり,課役が免除され,帰国後1年は軍団勤務が免除されるなどの恩典があったが,任務の重要さゆえに監督もきびしく,酷使された。

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大辞林 第三版の解説

えいし【衛士】

護衛の兵士。衛士えじ

えじ【衛士】

律令制で、諸国の軍団から毎年(のち三年)交代で上京し、衛門府えもんふ・衛士府に配属されて、宮中の警護などにあたった兵士。
誤って、「仕丁じちよう」をいう。
もと伊勢神宮司庁と熱田神宮に置かれていた警護の職員。衛士長は奏任官。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

衛士
えじ

奈良時代の兵士。諸国の軍団兵士の一部が1年ごとに上京し衛士府、衛門府に配備された。農民から兵士を徴発し天皇、帝都を衛守させるという考え方は、これまでになく、律令(りつりょう)軍制の特質の一つである。この結果、制度的には、天皇親衛軍の中核は、これまでのトネリ層から班田農民となった。衛士数は約2000、これに付随する火頭(かとう)(衛士の炊事役)1000。衛士のうち2割程度が衛門府に、残りの1600が衛士府に配備された。衛士の武器は、基本は烏作横刀(うづくりよこたち)と弓箭(ゆみや)。騎兵、弓箭装備の歩兵、槍(やり)装備の歩兵の3種があった。前二者はおもに宮城守衛にあたり、宮内、京中にあって、衛門、所部衛守、京内要地守衛、京路巡行、行幸供奉(ぐぶ)、要人警護の任についた。[野田嶺志]

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世界大百科事典内の衛士の言及

【衛士府】より

…日本古代,律令制の中央軍事組織である五衛府のうちの左右衛士府。701年(大宝1)ごろ成立,養老令の規定では督,佐,大尉,少尉,大志,少志などの官人および衛士が所属していた。…

【造宮省】より

…造宮省には四等官(卿,輔,丞,録),史生,造宮省工,将領,算師らがいた。天平17年(745)の4月と10月の〈造宮省移〉によれば下部機構として長上工,番上工,直丁,飛驒匠,焼炭仕丁,作瓦仕丁,衛士,火頭らが所属し,甲賀宮,恭仁宮,奈良宮で作業していたことが知られ,総計(4月1368人,10月1373人)のうち衛士(4月795人,10月760人)が過半を占め,兵力が労働力に流用されていることがわかる。卿や輔に軍事関係氏族の出身者や軍事関係の職歴をもつ者が任命されたのは,千数百人の集団を統率するため軍事的手腕を必要としたからである。…

※「衛士」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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