無南垣村(読み)むながいむら

日本歴史地名大系 「無南垣村」の解説

無南垣村
むながいむら

[現在地名]香住町無南垣

丹生浦上にゆううらがみ村の北東に位置する。北は日本海に面し、集落佐津さづ川の河口左岸に発達。同川の対岸東方は訓谷くんだに村、南は九斗くと村。集落の北方、日本海に突出した岬にあるしま(柴山とも)は、西廻航路を行交う廻船目印となっていた(出石封内明細帳)。弘治三年(一五五七)の「但馬国にしかた日記」には「むなかい村」とみえ、当地には「せう殿さま」や中村左馬亮殿・田中助大郎殿・同二郎衛門殿・同二郎兵衛殿・江なミ殿・あきはぬいの助殿・小谷けん左衛門殿などが住んでいた。近世領主変遷丹生沖浦にゆうおきのうら村に同じ。慶長一八年(一六一三)の小出吉英所領目録(金井文書)には「むなかい村」とあり、高二九九石余。正保(一六四四―四八)頃成立の国絵図に無南垣とある。元禄九年(一六九六)の高反別諸色差出帳(無南垣区有文書)によれば高二九九石余、塩浜五反四畝二一歩があり、運上塩二一石八斗八升を上納、ほかに小物成として鯖舟役銀三二匁五分や海役の串鮑五〇貝などを納めていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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