熊倉城跡(読み)くまくらじようあと

日本歴史地名大系 「熊倉城跡」の解説

熊倉城跡
くまくらじようあと

[現在地名]荒川村日野 呑だ熊

熊倉山(一四二七メートル)から北に延びた稜線上、通称じよう山の山頂に立地する山城。標高六四八メートル、山麓との比高はおよそ三五〇メートルである。真建またて(馬立)城ともいう(秩父志)長尾景春は文明一〇年(一四七八)居城としていた鉢形はちがた(現寄居町)を太田道灌に攻略され、翌一一年に秩父郡内に入り、「日野城」を取立てている(同一二年一一月二八日「太田道灌書状写」松平文庫所蔵文書)。この日野ひの城が当城にあたるとおもわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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