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熊谷蓮心 くまがい れんしん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

熊谷蓮心 くまがい-れんしん

1783-1859 江戸時代後期の社会事業家。
天明3年11月10日生まれ。京都で筆墨・薫香をあきなう鳩居堂(きゅうきょどう)の4代目。天保(てんぽう)の飢饉(ききん)のとき「飢饉用心書」などを頒布,施米や窮民医療につとめた。嘉永(かえい)2年京都で種痘を実施。コレラ大流行のさい予防法を説いたが,自分も感染し,安政6年9月6日死去。77歳。名は直恭(ちょっきょう)((なおやす))。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

熊谷蓮心
くまがいれんしん
(1783―1859)

近世後期の社会事業家。名は直恭。京都の筆墨業を家業とする商家鳩居堂(きゅうきょどう)に生まれる。家業のかたわら救民の志をもって飢饉(ききん)対策、窮民医療などに精を出す。1836年(天保7)の大飢饉に至るまでに「麦飯のすすめ草」「飢饉用心書」「食物用心書」「飢饉せざる心得」などの一枚摺(ずり)を著しては頒布して飢饉対策を訴えていた。大飢饉になると賀茂川(かもがわ)三条に「お救い小屋」を立て窮民に施米(せまい)をし、医療を施した。1849年(嘉永2)からは有信堂で種痘を行った。1853年虎列剌(コレラ)大流行に際して「急病予防方」を頒布して医療にあたり、1859年(安政6)9月の同病流行中、自らも罹患(りかん)して没した。ほかにも小冊子の著書多数あり。[奈倉哲三]

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