燕栗園千穎(読み)ささぐりえん ちかい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「燕栗園千穎」の解説

燕栗園千穎 ささぐりえん-ちかい

1776-1837 江戸時代後期の狂歌師,国学者。
安永5年生まれ。江戸本所にすむ。鹿都部真顔(しかつべの-まがお)に狂歌をまなび,その養女と結婚,四方側(よもがわ)の判者となる。荒木田久老(ひさおゆ)に国学をまなんだ。天保(てんぽう)8年1月22日死去。62歳。伊勢(いせ)(三重県)出身。姓は西村,大江。通称は桃斎。別号に雑体唫社。

燕栗園千穎 えんりつえん-ちかい

⇒ささぐりえん-ちかい

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む