爾比都売神社(読み)にひつひめじんじや

日本歴史地名大系 「爾比都売神社」の解説

爾比都売神社
にひつひめじんじや

[現在地名]西城町西城

大富おおとみ山北東麓、西城川西岸に鎮座祭神は埴山毘売神・金山毘古神大山祇神。旧郷社。「芸藩通志」の奴可ぬか郡の条では爾比都売にひつめ神社、同書名神考の条では爾比都比売にびつひめ神社とある。しかし明治四三年(一九一〇)比の字を除いて爾比都売神社とした。

「延喜式」神名帳にみえる奴可郡の「迩比都売ニヒツヒメノ神社」に比定されるが、江戸時代にはその所在が不明となっていた。郡内の祠官らは式内社の廃絶を嘆き、もり(現東城町)の社人河内、津田相模や西城町の小倉屋吉郎兵衛などが発起人となり、文化一四年(一八一七)西城町内の明神みようじん山に鎮座していた厳島大明神の相殿として当社を仮勧請した(国郡志下調書出帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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