牛込供養塚町(読み)うしごめくようづかまち

日本歴史地名大系 「牛込供養塚町」の解説

牛込供養塚町
うしごめくようづかまち

[現在地名]新宿区喜久井町(きくいちよう)

牛込来迎(うしごめらいごう)寺門前の南にある。通りを隔てて東は美作津山藩松平氏の下屋敷、西は牛込来迎寺門前・同馬場下(ばばした)横町、北は同町と宗参(そうさん)寺境内。当地一帯は寛永年中(一六二四―四四)に宗参寺境内のうち四千坪が御用地となった際に替地となり、飛地となりながら同寺境内となった。往古から百姓家があったがだんだんと家作が増えて町屋となり、地内に庚申供養塚(奥州街道の一里塚であるといわれる)があったので、牛込供養塚町というようになった(文政町方書上)。この庚申塚は町裏の庚申堂にあり(御府内備考)、文明年中(一四六九―八七)に太田道灌が鷹狩の際神霊が現れ、堂宇を建て傍らに石碑を建てたともいう(寺社備考)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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