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狂態邪学 きょうたいじゃがくKuang-tai-xie-xue

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

狂態邪学
きょうたいじゃがく
Kuang-tai-xie-xue

中国,明末の文人批評家高濂 (こうれん) が浙派系画人の絵画を酷評した言葉。董其昌 (とうきしょう) 以後南北二宗論,文人画論が確立され,文人側の浙派攻撃が激化し,弘治期 (1488~1505) 以降の浙派系画家数名をあげ,その筆墨の粗縦性を非難し,「狂態をたくましくする者」,画学における「邪学」の徒として酷評したことに始る。以後,批評家により画家名には多少の相違がみられる。

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世界大百科事典 第2版の解説

きょうたいじゃがく【狂態邪学 kuáng tài xié xué】

中国の16世紀後半の文人,高濂が,その著《燕聞清賞箋》の中で,鄭顚仙,張復,鍾礼,蔣嵩,張路,汪肇の6人の浙派末流画家をけなして批評した語。同じ一文は項元汴の《蕉窓九録》,屠隆の《考槃余事》等に転載され,明末文人社会に流布したが,これらより早く何良俊(1506‐73)も,同様の画家群を粗放な筆墨法のゆえに非難している。このような批判は,当時興隆期を迎えた呉派から,対立する画派である浙派への流派的攻撃の性格が強く,今日では狂態邪学派の作品の示す力強い造型が再評価されている。

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世界大百科事典内の狂態邪学の言及

【明代美術】より

…呉偉が活躍するころになると,その影響のもとに,浙派の画風は河南,湖北,江蘇,安徽等,地域的な広がりを示すのみならず,文人画家にも広がり,その画風も大きく変容していった。すなわち筆墨の粗放性が著しく増す一方で,奇狂な形態や抽象的な墨色対比が追求され,何良俊や高濂らのやや後の文人評論家によって,〈狂態邪学〉と貶評されるに至った。この時期の代表的な画家に鍾礼,張路,蔣嵩(しようすう),汪肇(おうちよう),鄭顚仙(ていてんせん)らがいるが,これより後,浙派は衰退してゆく。…

※「狂態邪学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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