朝日日本歴史人物事典 「狩野洞雲」の解説
狩野洞雲
生年:寛永2(1625)
江戸前期の画家。金工家後藤益乗の次男。幼名は,山三郎。はじめ松花堂昭乗に書を学び,11歳で狩野探幽の養子となり,字を采女,名を益信とする。のち探幽に実子ができたため別家。寛文5(1665)年洞雲を号とし,同7年幕府から江戸駿河台に屋敷を拝領,表絵師の駿河台狩野の祖となる。天和2(1682)年には禄20人扶持を給せられ,元禄4(1691)年法眼に叙せられ表絵師の筆頭格となった。「唐人物図襖絵」(京都山科毘沙門南宸殿),「扇面散屏風」(個人蔵)などの作品が知られる。
(星野鈴)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報