猿ヶ京関所跡(読み)さるがきようせきしよあと

日本歴史地名大系 「猿ヶ京関所跡」の解説

猿ヶ京関所跡
さるがきようせきしよあと

[現在地名]新治村猿ヶ京

三国街道上に設けられた関所。同街道が相俣(あいまた)宿を出たあと、昭和三三年(一九五八)に赤谷(あかや)川をせき止めて作られた赤谷湖の湖底を通り、猿ヶ京の台地上に登りつめたところにあった。置関年代は「須川記」によると寛永八年(一六三一)、安政二年(一八五五)の関所明細帳(本多夏彦氏筆写史料)によると万治二年(一六五九)。宝永五年(一七〇八)の関所脇通行停止場取締方返答書(片野文書)によると、関所設置と同時に周辺の古道には植木・堀切が施され、とくに材木・薪木の横流しを防ぐために往来が停止されている。これらの見張りのため東西両門の外に二ヵ所の見張小屋が建てられていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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