猿投窯址群(読み)さなげようしぐん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「猿投窯址群」の意味・わかりやすい解説

猿投窯址群
さなげようしぐん

猿投山南西麓(ろく)古窯跡群ともいう。西は名古屋市東部、東はみよし市から豊田(とよた)市、北は瀬戸市と尾張旭(おわりあさひ)市、南は大府(おおぶ)市から刈谷(かりや)市にわたるほぼ20キロメートル四方の地域に分布する窯址群。この地域の北東方に位置する猿投山から命名。5世紀末の須恵器(すえき)窯から14世紀の山茶椀(やまちゃわん)窯まで計1300余基の窯址が発見されている。愛知用水工事の事前調査として昭和30年代に実施された発掘調査によって、平安時代とくに9~11世紀を中心に須恵器の系譜に連なる灰釉陶(かいゆうとう)が大規模に製作されている様相が解明され、さらにその製品が東北地方から九州地方まで広く流布したことも判明し、窯業史上暗黒期とみなされていた平安時代の窯業観を一変させた。この特産的な灰釉陶の生産の基盤には、この地域に分布するカオリン系鉱物その他を多く含有する耐火度の高い良質の白色粘土の利用がある。この窯址群では灰釉陶のほかに緑釉陶も製作され、それらの製品には中国陶磁の影響がうかがえる。12世紀以降は日常雑器の山茶椀の生産に主力が移り、中世の瀬戸窯、常滑(とこなめ)窯の確立によって完全に衰退した。

田中 琢]

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