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玄証 げんしょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

玄証
げんしょう

平安時代末期から鎌倉時代にかけて活躍した画僧。伝法院流の灌頂を受け,高野山月上院において古画模本白描図像の収集,書写に努めた。それら「玄証本」と呼ばれる多くの遺品は京都高山寺に伝わったが,現在は諸家に分蔵されている。おもなものには『般若十六善神図像』 (1178,東京国立博物館) や『梵天火羅九曜図』 (89,高山寺) などの自筆本,将来の図像を写した『北斗曼荼羅図』 (東京芸術大学) のような所持本がある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

玄証 げんしょう

1146-1222 平安後期-鎌倉時代の画僧。
久安2年生まれ。大江維光(これみつ)の子。承安(じょうあん)2年高野山月上(がつじょう)院の証印から伝法灌頂(かんじょう)をうける。抜群の画才で知られ,おおくの密教図像をえがいた。これらは一般に玄証本といわれる。貞応(じょうおう)元年死去。77歳。通称は閑観(げんかん)房。代表作に「般若(はんにゃ)十六善神図像」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

玄証

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:久安2(1146)
平安末から鎌倉初期の真言宗の僧。密教の 白描図像研究家。覚鑁の弟子の証印から広沢流を,その後勧修寺の仁済から小野流も授法するなど広く真言宗諸派を学ぶ。高野山の月上院に住んで,密教図像の転写・収集に努めた。玄証の花押のある密教図像は高山寺に多数が伝来(現在は散逸)し,玄証本と呼ばれていた。その中には玄証自筆でない収集本も混じると考えられるが,自筆とみられるものの描線は伸びやかであり,その画技の高さがうかがわれる。承元2(1208)年における生存と,貞応1(1222)年までの死去が確認される。<参考文献>土宜成雄『玄証阿闍梨の研究』

(矢島新)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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