日本歴史地名大系 「玉津田中遺跡」の解説
玉津田中遺跡
たまつたなかいせき
[現在地名]西区宮下一―三丁目
明石川中流の左岸に広がる標高一六―一八メートルの沖積地および標高二〇―二二メートルの洪積段丘の末端に立地する。弥生時代前期前半に集落が営まれ、弥生時代全期間および古墳時代中期まで継続する。
弥生時代前・中期の遺構は沖積地に営まれている。前期前半の遺構は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
明石川中流の左岸に広がる標高一六―一八メートルの沖積地および標高二〇―二二メートルの洪積段丘の末端に立地する。弥生時代前期前半に集落が営まれ、弥生時代全期間および古墳時代中期まで継続する。
弥生時代前・中期の遺構は沖積地に営まれている。前期前半の遺構は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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