生城山城跡(読み)おうぎやまじようあと

日本歴史地名大系 「生城山城跡」の解説

生城山城跡
おうぎやまじようあと

[現在地名]東広島市志和町志和東

志和東しわひがしの西にそびえる生城山(標高四八五・四メートル、比高約二三〇メートル)に築かれた山城城主は天野氏。城跡からはかつての志芳しわ庄のほぼ全域を眺望できる。山頂に本丸を置き、東側尾根上に二の丸・三の丸、北側に見張の壇、西側に矢倉跡があり、井戸の壇・お馬ヶ壇と称する郭跡や柱穴の認められる巨岩がある。東麓の光源こうげん寺のある所は俗に殿様屋敷とのさまやしきとよばれ、天野氏の居館跡と推定される。その東には六日市むいかいちの地名が残っていた。光源寺から北の山麓に沿って家臣の屋敷跡と思われる遺構が続く。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む