生城山城跡(読み)おうぎやまじようあと

日本歴史地名大系 「生城山城跡」の解説

生城山城跡
おうぎやまじようあと

[現在地名]東広島市志和町志和東

志和東(しわひがし)の西にそびえる生城山(標高四八五・四メートル、比高約二三〇メートル)に築かれた山城で城主は天野氏。城跡からはかつての志芳(しわ)庄のほぼ全域を眺望できる。山頂に本丸を置き、東側尾根上に二の丸・三の丸、北側に見張の壇、西側に矢倉跡があり、井戸の壇・お馬ヶ壇と称する郭跡や柱穴の認められる巨岩がある。東麓の光源(こうげん)寺のある所は俗に殿様屋敷(とのさまやしき)とよばれ、天野氏の居館跡と推定される。その東には六日市(むいかいち)の地名が残っていた。光源寺から北の山麓に沿って家臣の屋敷跡と思われる遺構が続く。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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