生実藩陣屋跡(読み)おゆみはんじんやあと

日本歴史地名大系 「生実藩陣屋跡」の解説

生実藩陣屋跡
おゆみはんじんやあと

[現在地名]中央区生実町

近世、北生実きたおゆみ村に置かれた生実藩陣屋跡。跡地に地名陣屋が残る。寛延四年(一七五一)頃の北生実村絵図(県立中央図書館蔵)では、中世の生実城跡の五の丸跡に陣屋が記され、その南方家並が描かれる。寛永四年(一六二七)森川重俊(同八年老中)上総下総・相模三国のうちに一万石を与えられ、翌五年から年貢徴収を始める。同九年重政が継ぎ(寛文三年まで)、以降重信(元禄五年まで)・俊胤(享保一七年まで)・俊常(同一九年まで)・俊令(明和元年まで)・俊孝(天明八年まで)・俊知(天保九年まで)俊民(安政二年まで)・俊位(同五年まで)俊徳(文久二年まで)と続き、明治維新は一二代俊方が迎える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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