生板村(読み)まないたむら

日本歴史地名大系 「生板村」の解説

生板村
まないたむら

[現在地名]河内村生板

新利根川左岸の平坦地にあり、牛久うしく用水(江川)が貫流し、東は幸谷こうや村。「なまいた」ともよぶ。中世は江戸崎土岐氏領で、村鑑(妙行寺蔵)によれば慶長七年(一六〇二)に屋代氏手代によって検地が行われ、同一五年には麻生藩領となり、本田の検地が新庄越前守によって行われた。寛文三年(一六六三)新利根川開削事業と新田開発のため天領となり、同七年源清田げんせいだ村が分村。天明二年(一七八二)りゆう崎町歩さきちようぶ、同六年に鍋子なべこ新田が分郷。嘉永五年(一八五二)に四八六石を除いて旗本に分知され、幕末には前橋藩四四八石余のほかは旗本七氏の相給地であった(各村旧高簿)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

部分連合

与野党が協議して、政策ごとに野党が特定の法案成立などで協力すること。パーシャル連合。[補説]閣僚は出さないが与党としてふるまう閣外協力より、与党への協力度は低い。...

部分連合の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android