生見八幡宮(読み)いきみはちまんぐう

日本歴史地名大系 「生見八幡宮」の解説

生見八幡宮
いきみはちまんぐう

[現在地名]美和町大字生見

生見川の東岸、生雲(いくも)山の山麓に鎮座。祭神は応神天皇・神功皇后・玉依宮。生見・中山(なかやま)両村の鎮守社。旧郷社。

社伝によれば、貞観二年(八六〇)豊前国宇佐(うさ)八幡で参籠し霊告を得た藤原公忠が、京都への帰途、生見村長野(ながの)に泊まり、再度の霊夢を感じ、この地に社殿を建立したという。「注進案」は

<資料は省略されています>

と記し、久寿二年(一一五五)、文応二年(一二六一)、天文一四年(一五四五)の三通の古文書写を載せる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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