生間村(読み)いかまむら

日本歴史地名大系 「生間村」の解説

生間村
いかまむら

[現在地名]仲南町十郷(そごう)

宮田(みやだ)村の東、東は岸上(きしのうえ)村(現満濃町)に接する。寛永国絵図では七(しち)ヶ村に属する。寛文四年(一六六四)の丸亀藩高辻帳では朱印高五一石余。天保郷帳の高一二〇石余。「西讃府志」によれば田畝一町四反余(史料のまま)、うち畑三町四反余・屋舗四反余、租税は米三八石余・大麦八斗余・小麦四斗余・大豆六斗余、家数二三・人数一一六(男六〇・女五六)。


生間村
いきんまむら

[現在地名]瀬戸内町生間(いけんま)

渡連(どれん)村の南西に位置し、集落は瀬戸内に臨む。東(ひぎや)間切東方のうち。「大島私考」に東方一二ヵ村のうちとして「生間村」とみえ、高三五石余、うち享保内検後の開地は一石余。「南島雑話」に大船が入港する居船場としてみえる「池間」は当地とされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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