白木代官所跡(読み)しらきだいかんしよあと

日本歴史地名大系 「白木代官所跡」の解説

白木代官所跡
しらきだいかんしよあと

[現在地名]河南町白木

白木北部にあった石川氏の代官所。一帯は要害景勝の地で、平坦だが東・西・北の三方は谷が深い。代官所は東西一五間・南北二七間の堅固な建物で、当地は城下町の観を呈したという。

万治三年(一六六〇)大坂定番に補せられた石川播磨守総長は、河内国石川郡・古市郡のうちで約一万石を加増され、計二万石を領有して伊勢神戸かんべ(現三重県鈴鹿市)居所を営んだ(神戸藩)。享保一七年(一七三二)総茂の時に常陸下館藩に転封となり幕末に至る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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