百貫川(読み)ひやつかんがわ

日本歴史地名大系 「百貫川」の解説

百貫川
ひやつかんがわ

飛鳥川木之葉このは井堰から北流、大字飛鳥・いかつちを経て、小山こやま付近でなかの川に合流する。元禄年間(一六八八―一七〇四)十市郡もと下八釣しもやとり(現橿原市)二ヵ村と、高市郡飛鳥・いかずち奥山おくやま三ヵ村との間に水論があった。二ヵ村側の主張は田畑用水を飛鳥川木之葉井堰から引く百貫川に依存するにもかかわらず、三ヵ村側ではこの取水を余水請と称し、百貫川の流水を止めてしまった。二ヵ村側では五〇余石の田地が干損となって困窮、三ヵ村の不当を主張した。これに対し三ヵ村側の言い分は、二ヵ村側は奥山から西流してくる三千坊さんぜんぼう川より引水すべきであるとし、百貫川はおか川の用水落ちであり、木之葉井堰普請も三ヵ村で出費しており、この井手懸りは十市郡南浦みなみうら南山みなみやま(現橿原市)、高市郡小山各村にも配水した余水でなければ二ヵ村側に流下できないと反対した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む