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益田素平 ますだ そへい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

益田素平 ますだ-そへい

1843-1902 幕末-明治時代の農事改良家。
天保(てんぽう)14年7月25日生まれ。筑後(ちくご)(福岡県)水田村の庄屋。明治5年戸長となる。10年稲の害虫メイチュウの3化性を発見し,冬期の稲株掘り起こしなど,その防除法を研究。明治35年10月14日死去。60歳。幼名は常太郎。

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朝日日本歴史人物事典の解説

益田素平

没年:明治36.6(1903)
生年:天保14.7.28(1843.8.23)
幕末明治期の農村指導者。筑後国(福岡県)八女郡二川村の庄屋で,筑後川の流域で特に被害のひどいイネの害虫メイチュウの駆除に功績を残す。明治10(1877)年メイチュウがイネの切り株のなかで越冬する事実をつきとめ,切り株を除去する特製用具を考案し広めようとした。ところが一般農民はそれによる労働強化をきらい,素平が用具を売って私腹をこやすと邪推し,益田家と協力者の家を襲撃する暴動事件(筑後稲株騒動)となった。素平はこれに屈せず研究を続け,『稲虫実験録』(1895)を著した。養蚕や養鶏の奨励にも尽くし,騒動後はかえって村人の信望も厚く,村長,県会議員になった。<著作>『明治農書全集』12巻<参考文献>小野武夫『農村史』,寺山義雄・山路健『農業百年かわら版』

(筑波常治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

ますだそへい【益田素平】

1842‐1903(天保13‐明治36)
明治前期の老農。福岡県出身。生家は代々庄屋で彼も1864年(元治1)に上妻郡江口村(現,筑後市)の庄屋,72年(明治5)同村の戸長となる。77年,同志の協力を得てメイチュウは1年に3回発生することをつきとめ,爾後メイチュウの防除法に専念した。この防除法は明治前期の稲作栽培史上に輝くだけでなく,後年,試験研究の結果からも適切性が確認された。とくに6項目にわたる対策の一つである遁作(とんさく)法は,水稲晩化栽培実施(1923)の示唆となった。

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