相馬師常(読み)そうま もろつね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「相馬師常」の解説

相馬師常 そうま-もろつね

1139-1205 平安後期-鎌倉時代の武将
保延(ほうえん)5年生まれ。千葉常胤(つねたね)の次男相馬氏の祖。源頼朝挙兵に父常胤とともにくわわり,下総(しもうさ)相馬郡(千葉県,茨城県)の所領を回復,相馬二郎と称した。文治(ぶんじ)5年奥州藤原氏攻めで功をたて,陸奥(むつ)行方(なめかた)郡(福島県)をあたえられた。元久2年11月15日死去。67歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の相馬師常の言及

【相馬氏】より

…中・近世,下総・陸奥の武家。桓武平氏の流れをくみ,平将門の後裔と伝えられるが,直接の祖は千葉氏の祖常胤(つねたね)の次男師常(もろつね)。千葉六党の一つ。師常は下総国相馬郡を領して相馬氏を称したが,1189年(文治5)の奥州平泉討伐の功によって陸奥国行方(なめかた)郡を与えられたという。その後,胤村の五男師胤が行方郡の所領を譲られ,その子重胤が1323年(元亨3)に一族とともに行方郡に下向して奥州相馬氏をおこした。…

※「相馬師常」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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