真野勅旨郷(読み)まのちよくしごう

日本歴史地名大系 「真野勅旨郷」の解説

真野勅旨郷
まのちよくしごう

和名抄那珂なか郡真野郷の一部が、勅旨によって開発され勅旨田とされた地域であろう。比定地不明。貞治三年(一三六四)の仁和寺文書目録(仁和寺文書)に「讃岐国三条院勅旨田事長元二廿三」とあることから、長元二年(一〇二九)に成立した三条院の勅旨田が讃岐にあり、これが当郷をさすのではないかという推定がなされている。伝領については不明である。弘長四年(一二六四)三月一一日に、幕府の有力御家人三浦和田氏一族で、越後国奥山おくやま庄地頭であった高井時茂が、「くまわか」に所領を譲った譲状(中条家文書)に「さぬきのくにまののちよくしかう、あねいちこのゝち」とみえる。嘉禎四年(一二三八)に時茂が母津村尼から譲られた所領のなかには真野勅旨郷はみえないから、その後に時茂が獲得した所領であろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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