矢野拙斎(読み)やの せっさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「矢野拙斎」の解説

矢野拙斎 やの-せっさい

1662-1732 江戸時代前期-中期儒者
寛文2年生まれ。矢野容斎の父。京都で闇斎(あんさい)学をまなぶ。江戸に出,柳沢吉保にまねかれ,徳川綱吉侍講をつとめる。ついで高崎藩主大河内輝貞につかえるが,のち辞して山中久右衛門の名で市井でおしえた。享保(きょうほう)17年1月12日死去。71歳。伊予(いよ)(愛媛県)出身。名は義道。通称理平。著作に「児訓集」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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