改訂新版 世界大百科事典 「石塔頼房」の意味・わかりやすい解説
石塔頼房 (いしどうよりふさ)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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生没年未詳。南北朝時代の武将。中務大輔(なかつかさのたいふ)、右馬頭(うまのかみ)。義房(よしふさ)の嫡子。南北朝内乱当初から義房とともに活動し、やがて足利直義(あしかがただよし)に近づき1349年(正平4・貞和5)伊勢(いせ)守護となり、観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)にはおもに畿内(きない)で足利尊氏(たかうじ)党と戦い、直義から引付頭人(ひきつけとうにん)にあげられた。直義が北陸に走ると伊勢に挙兵、さらに南朝に降(くだ)り、足利直冬(ただふゆ)党とも連携して53年(正平8・文和2)と55年には京都に侵入し、南朝から刑部卿(ぎょうぶきょう)に任ぜられる。61年(正平16・康安1)にも楠木正儀(くすのきまさのり)、細川清氏(きようじ)らと入京し、京都検断となったが、まもなく没落した。
[小川 信]
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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