石塚克孝(読み)いしづか かつたか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石塚克孝」の解説

石塚克孝 いしづか-かつたか

1808-1843 江戸時代後期の和算家。
文化5年生まれ。出羽(でわ)鶴岡藩(山形県)藩士最上(さいじょう)流をまなぶ。天保(てんぽう)7年江戸にでてさらに研鑽(けんさん)をつみ,庄内の達人といわれた。下総(しもうさ)印旛(いんば)沼(千葉県)開削の命をうけて出張中の天保14年9月21日病死。36歳。通称は六郎兵衛。編著に「時習算題」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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