石塚観音堂(読み)いしづかかんのんどう

日本歴史地名大系 「石塚観音堂」の解説

石塚観音堂
いしづかかんのんどう

[現在地名]会津若松市川原町

川の西岸にある石塚六軒いしづかろつけん町の西側にあり、康暦年中(一三七九―八一)蘆名直盛の創建と伝える。慶長一九年(一六一四)蒲生忠郷の母が当観音を深く信仰し、堂を再興して荘厳を極めたという。会津三十三観音の第一九番札所。境内には二メートル余もある享保五年(一七二〇)石灯籠や元禄八年(一六九五)銘の手洗石がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む