石川名足(読み)いしかわの なたり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石川名足」の解説

石川名足 いしかわの-なたり

728-788 奈良時代の公卿(くぎょう)。
神亀(じんき)5年生まれ。石川年足(としたり)の子。下野守(しもつけのかみ)などを歴任。神護景雲(じんごけいうん)元年陸奥(むつ)鎮守副将軍となり,栗原郡(宮城県)に伊治(いじ)城を築造。のち従三位,中納言となる。「続日本紀」の編修にかかわった。延暦(えんりゃく)7年6月10日死去。61歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の石川名足の言及

【続日本紀】より

…まず(1)文武~孝謙紀(文武1年1月~天平宝字2年7月)が淳仁朝に30巻として撰修されたが,その発議は藤原仲麻呂によるらしい。光仁朝に石川名足が淡海三船,当麻永嗣とともにこれに修正を加えて奏上したが,29巻のみで,問題の多い巻三十は亡失と称して削除された。名足はまたほぼ同時に上毛野大川と(2)淳仁~光仁紀(天平宝字2年8月~宝亀8年12月)を20巻に撰修した。…

※「石川名足」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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