…900m余)を掘るなど10年ほどの間に総額15万両にも及ぶ大投資を行い,鉱山は一時活気をとり戻すが,享保改革にともなって大縮小を余儀なくされた。宝暦(1751‐64)に至って奉行石谷清昌は鉱山仕法を全面的に改め,精錬所を奉行所内に取り込むなど鉱山の合理化に取り組み,安永(1772‐81)には江戸,大坂などから無宿者を送り込んで佐州水替人足として使役することにした。しかし鉱況は不振を極め,文化(1804‐18)に至って江戸に送られる灰吹銀はついに年100貫を割り込んでしまった。…
※「石谷清昌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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