磯山清兵衛(読み)いそやま せいべえ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「磯山清兵衛」の解説

磯山清兵衛 いそやま-せいべえ

1852-1891 明治時代の自由民権運動家。
嘉永(かえい)5年2月2日常陸(ひたち)(茨城県)潮来(いたこ)の酒造家に生まれる。明治13年関戸(せきど)覚蔵らと公益民会を設立し,国会開設請願や酒税軽減の建白をおこなう。17年自由党壮士養成所有一館をつくり,18年大阪事件にくわわり捕らえられた。明治24年11月21日死去。40歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の磯山清兵衛の言及

【大阪事件】より

…大阪で同志が逮捕されたのでこう呼ばれる。壬午軍乱(1882),甲申政変(1884)で朝鮮における親日派の後退を見た自由党左派の首領大井憲太郎は,1885年11月小林樟雄,磯山清兵衛,新井章吾,稲垣示らと謀り,壮士を率いて渡韓,事大党(閔妃政権)を倒して独立党政権を樹立する計画を進めたが,磯山の変心で発覚し一同逮捕された。計画そのものはずさんで関係者の意図もまちまちであったが,おおよそのところは朝鮮独立を達成することで国民の眼を外に転じ,刺激を与えることで内政改良へと向かわせようという点にあった。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」