祇園遺跡(読み)ぎおんいせき

日本歴史地名大系 「祇園遺跡」の解説

祇園遺跡
ぎおんいせき

[現在地名]南阿蘇村一関

北方一〇〇メートルにある二本にほん木前ぎまえ遺跡と併せて、南郷なんごう谷にあった阿蘇家の南郷大宮司家館跡と推定される遺跡。南にしら川の本流、北にその支流高木たかぎ川に挟まれた標高約四〇七メートルから四一一メートルの平坦面にある。圃場整備に先立ち平成七年(一九九五)に調査された。発掘地区一六〇〇平方メートルに一二世紀から一五世紀の遺物包含層が発見され、遺構は礎石建物一棟・掘立柱建物三八棟・柱列一五基・土壙二八基・井戸二基・溝五条などを検出

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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