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神尾光臣 かみお みつおみ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

神尾光臣 かみお-みつおみ

1855-1927 明治-大正時代の軍人。
安政2年1月11日生まれ。有島武郎の義父。日清(にっしん)戦争で第二軍参謀,日露戦争で歩兵第二十二旅団長をつとめる。第一次大戦では第十八師団長としてドイツの租借地青島(チンタオ)の攻略を指揮した。大正4年陸軍大将。昭和2年2月6日死去。73歳。信濃(しなの)(長野県)出身。

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朝日日本歴史人物事典の解説

神尾光臣

没年:昭和2.2.6(1927)
生年:安政2.1.11(1855.2.27)
明治大正期の陸軍軍人。諏訪藩(長野県)藩士神尾平三郎の次男。明治9(1876)年陸軍教導団卒。14年から19年まで清国公使館付として天津に勤務。陸軍部内有数の中国通といわれた。日清戦争(1894~95)では大山巌の第2軍参謀として参加。30年ドイツの膠州湾占領を機に,参謀本部は日清間の友好関係回復を図り,張之洞らの高官を説得するために神尾を中国に派遣した。32年,ヨーロッパ出張。日露戦争(1904~05)では乃木希典の第3軍の歩兵第2旅団長として出征し,負傷。41年中将となり,第9および第18師団長。第1次大戦でドイツの租借地膠州湾攻撃軍の最高指揮官として日・英軍を指揮し,青島を陥落させた。大正4(1915)年大将に進み,男爵。娘安子は作家有島武郎の妻。<参考文献>陸軍編『伝記大日本史

(スチュワート・ローン)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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