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神戸分左衛門 かんど ぶんざえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

神戸分左衛門 かんど-ぶんざえもん

?-1712 江戸時代前期-中期の商人。
尾張(おわり)(愛知県)犬山の神戸弥兵衛の次男。寛文9年(1669)名古屋で材木商をひらく。名古屋藩の保護のもと木曾山材の仕出元締への資金前貸しなどで経営を拡大。のち江戸に出店する。晩年は新田経営に着目,宝永5年大宝前(おおたからまえ)新田(神戸新田)を開発した。正徳(しょうとく)2年11月20日死去。

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朝日日本歴史人物事典の解説

神戸分左衛門

没年:正徳2.11.20(1712.12.18)
生年:生年不詳
江戸前期の名古屋屈指の材木商,新田開発者。尾張国(愛知県)丹羽郡犬山の神戸家より分家,生家と同じ材木商を犬山屋の号で開業,以後代々,分左衛門を名乗る。妻の名は松。延宝・天和年間(1673~84),本家の兄弥兵衛に代わり山元からの材木切り出しにも進出し,本家の信用を背景に,材木の荷主を兼ねた高利貸商人として木曾,飛騨等の材木生産地を支配,元禄ごろには大材木商の奈良屋茂左衛門,冬木屋小平次らの活躍する江戸にも弟彦七を常駐させた。絹・麻・綿織物,肥料の干鰯なども扱う一方,尾張藩家老成瀬家などへの家中貸しにより藩権力に接近した。2代目分左衛門正種は,宝永4(1707)年より本家や井筒屋平兵衛らと海西郡十四山村(愛知県海部郡)の大宝前新田,のちの神戸新田の開発に着手。数度にわたる堤防決壊による新田全滅,大破にあって他の出資者は脱落したが,残った開拓地45町歩余(約45ha)の不在地主として独立経営に当たり,年始の藩主謁見を許された。<参考文献>『十四山村史』,大石慎三郎町人請負新田の成立事情―神戸新田(大宝前新田)の場合」(『史学雑誌』1951年9月号)

(林順子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の神戸分左衛門の言及

【神戸新田】より

…大宝(おおだから)新田の前面に広がるところから大宝前新田ともいう。名古屋の材木商神戸分左衛門が蓄積した資金の投資対象として宝永年間新田開発を思いつく。彼は新田投資をすると金利10%として10年目に元利を償却でき,それは当時同家が行っていた名古屋藩重臣たちへの家中貸より,はるかに有利であると試算している。…

※「神戸分左衛門」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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