神無森(読み)かみなしのもり

日本歴史地名大系 「神無森」の解説

神無森
かみなしのもり

[現在地名]山科区小山神無森町

三条街道(東海道)に大津街道が合する地で、諸羽(もろは)神社の御旅所があった。

「源平盛衰記」巻三五に木曾義仲の都落ちを記して「四宮河原、神無杜、関清水、関明神打過て、関寺の前を粟津に向てぞ進ける」とあり、京都から東に向かうときに必ず通過する交通の要所であった。中世には、文明九年(一四七七)山科七郷によって「神無森関」(「山科家礼記」一一月二二日条)が設けられ(→山科七郷)、これを「当庄(御陵庄)内神無森新関」(同書文明九年一二月二〇日条)とも称しているから、御陵(みささぎ)庄に属していたことになる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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