神谷バー

デジタル大辞泉プラス 「神谷バー」の解説

神谷バー

東京都台東区浅草にある老舗のバー。1880年、酒の一杯売りをする「みかはや銘酒店」として創業。1882年、のちに看板商品「電気ブラン」となるリキュール「速成ブランデー」を開発。1912年に店を洋風に改装し、店名を現名称に改称太宰治井伏鱒二三浦哲郎といった作家の作品にも、店や電気ブランの名が見られる。1921年竣工の鉄筋コンクリートビル(神谷ビル)は、国の登録有形文化財になっている。

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世界大百科事典(旧版)内の神谷バーの言及

【焼酎】より

…乙類は本来のものの意味で本格焼酎ともいい,甲類は1899年に神谷伝兵衛がドイツから輸入した連続式蒸留機でアルコールを製造し,これに水を加えてつくったのが初めで,新式焼酎と呼ばれ,近年はホワイトリカーの名で親しまれている。ちなみに神谷伝兵衛は1882年〈蜂印葡萄酒(はちじるしぶどうしゆ)〉を発売,のちに東京浅草に神谷バーを開き,〈電気ブラン〉の名を高からしめた人物である。 本格焼酎は製造法によって,もろみ取焼酎とかす取焼酎とに分けられる。…

【バー】より

…その元祖ともいうべきは,1897年ごろには東京銀座の尾張町西側にあった函館屋で,〈間口三間の店に細長いスタンド,左右の棚には奥までいっぱいの洋酒の瓶,……まず高級のバーであった〉と,山本笑月の《明治世相百話》は書いている。バーを称したのは浅草花川戸(現,浅草1丁目)の神谷バーあたりが古く,この店はのちに〈電気ブラン〉という甘く強い酒をつくって人気を集めた。しかし,バーが普及するのは関東大震災後の大正末期からで,1930年ごろから7~8年間が流行のピークとなり,〈十銭スタンド〉と呼ぶ安価な洋風酒場が各所に続出した。…

※「神谷バー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」