改訂新版 世界大百科事典 「神道講釈」の意味・わかりやすい解説
神道講釈 (しんとうこうしゃく)
講談の一種。日本固有の民族信仰である神道を講義するのが本来の神道講釈であるが,これを通俗講釈師が担当したため一種の話芸となった。その歴史は,ほぼ話芸としての講談の興隆とともにあり,1715年(正徳5)に増穂残口(ますほのこぐち)が出した《艶道通鑑(えんどうつがん)》は男女親和の観点を中心とする国体論,古道再帰の論であり,神道講釈書として名高い。残口は〈神主儒仏従〉の三教一致思想を講釈したが,その立場は,吉田神道を根本にして,それに伊勢神道を加えたものであったといわれる。吉田神道系の講釈師には大坂に吉田一保(いつぽう)があり,1770年(明和7)に出た《和漢軍書要覧》に彼の面目が示されている。一保の後継者には吉田天山があった。また江戸では随秀が寛政(1789-1801)のころに活躍している。吉田神道系で,1836年(天保7)に81歳で没した玉田永教(えいきよう)は多くの通俗神道書を書き,全国を回って神道を説いたことで知られる。神道講釈は天保の改革にも保護され,明治に入ってからも大阪に玉田玉枝斎・玉秀斎・玉芳斎の三兄弟があって活躍した。また,明治末から大正期に絶大な人気を博した立川文庫は,京都の社家出身の2代玉田玉秀斎(加藤万次郎)の手によって生まれたものである。
執筆者:関山 和夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報