福田善之(読み)ふくだよしゆき

日本大百科全書(ニッポニカ) 「福田善之」の意味・わかりやすい解説

福田善之
ふくだよしゆき
(1931― )

劇作家、演出家。本名鴻巣(こうのす)泰三。東京に生まれる。東京大学仏文科卒業。岡倉士朗に師事し、長編戯曲『長い墓標の列』(1957)で認められた。以後『真田(さなだ)風雲録』(1962)、『オッペケペ』『袴垂(はかまだ)れはどこだ』(1964)など、パロディの手法を交えたアクチュアルな戯曲を次々と発表、若い世代の共感をよんだ。『魔女伝説』『しんげき忠臣蔵(ちゅうしんぐら)』(1969)以後は新しい大衆劇の創造に向かい、『春のめざめ』『ピーター・パン』の演出を含め幅広く活躍している。ほかに戯曲『私の下町―母の写真』(1994)、評論『劇(ドラマ)の向こうの空』(1995)など。

[大島 勉]

『『真田風雲録―福田善之第一作品集』(1963・三一書房)』『『袴垂れはどこだ・オッペケペ―福田善之第二作品集』(1967・三一書房)』

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百科事典マイペディア 「福田善之」の意味・わかりやすい解説

福田善之【ふくだよしゆき】

劇作家。本名鴻巣(こうのす)泰三。東京生れ。東大仏文科卒。ふじたあさやと共作した《富士山麓》(1953年)で注目される。新聞記者を経て岡倉士朗助手となる。《長い墓標の列》《遠くまで行くんだ》などを書く。この間,観世栄夫らと青年芸術劇場を結成。《真田風雲録》《オッペケペ》などで反体制的な人間心理を描き,1964年の《袴垂れはどこだ》で岸田戯曲賞を与えられるがこれを辞退。1970年代以後《好色一代男》などの商業演劇の戯曲執筆,演出に転じ,新しい大衆演劇を目指した。2001年紫綬褒章受章。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「福田善之」の解説

福田善之 ふくだ-よしゆき

1931- 昭和後期-平成時代の劇作家,演出家。
昭和6年10月21日生まれ。岡倉士朗にまなび,「長い墓標の列」で注目される。観世栄夫らと青年芸術劇場を結成し,「オッペケペ」「袴垂れはどこだ」などを発表。のち大衆演劇にむかい,平成6年「壁の中の妖精」で紀伊国屋演劇賞,7年「私の下町―母の写真」で読売文学賞。東京出身。東大卒。本名は鴻巣(こうのす)泰三。

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