鑑賞に専門的な知識を必要とせず,大衆の素朴な感情に訴え,風俗性の色濃く出ている演劇の総称。その意味では,今日では〈高級化〉〈専門化〉してしまった感のある歌舞伎や人形浄瑠璃にしても,成立期においては,大衆演劇であった。また演劇の起源を考えれば,それは多くはある社会の祭儀の場における集団的な営為であったわけだから,その意味ではすべての演劇が本来的に〈大衆的〉なものであると言うこともできよう。
しかし今日では,われわれはふつう演劇のすべてではなく,冒頭に述べたようなある種の演劇を念頭において〈大衆演劇〉ということばを用いており,具体的には新派,宝塚歌劇(少女歌劇),松竹新喜劇,ミュージカル,人気歌手やテレビタレントによる公演,その他の現代劇や時代劇など,俗に商業演劇と呼ばれる松竹,東宝を中心とした劇場を有する興行資本の製作によりたくさんの観客を集める公演のうちで,比較的伝統の浅い演劇が,大衆演劇の主流を占めている。これら大衆演劇公演は,東京宝塚劇場,帝国劇場,芸術座,新橋演舞場,歌舞伎座,新宿コマ劇場,三越劇場,日生劇場,京都南座,大阪梅田コマ劇場,中座,新歌舞伎座,名古屋御園座,中日劇場,名鉄ホールといった東京,京阪,名古屋地区に集中した大劇場で,ふつう1ヵ月単位で興行される。芸術座が,公演終了日をあらかじめ定めない欧米流のロングラン・システムを採用したことがあったが,劇場に専属する俳優をもたない日本の演劇事情が,これを定着させることを阻んできた。大衆演劇は,大衆に支持されなければならない宿命を有している関係上,一部の新劇や新しい小劇団に見られるような,芸術的に高度な実験や前衛的な創造方法は避けられるのがふつうである。いきおいその時代の大衆の好みや流行に直結した生活感のある内容が追求されたり,時代劇の様式を借りて,現実の社会ではすでに失われてしまったロマンで観客に夢を売ることに,製作側のエネルギーが費やされがちになる。興行資本が製作に当たるため,人気俳優を中心とした座組み,豪華な舞台美術などで,客の気をひく企画が繰り返される。観客層の大部分を団体動員にゆだねている現実から,そうした客層の好みが優先するのである。大衆演劇においては,劇作家,俳優,プロデューサーたちの芸術的意欲は,商業性先行という宿命に締めつけられがちになるのだが,そうした現実を踏まえながら,これまで商業的にも芸術的にも成功した,すぐれた作品を生み出した大衆演劇の劇作家として,菊田一夫,中野実,北条秀司(ひでじ),川口松太郎,有吉佐和子,小幡(おばた)欣治,花登筐(はなとこばこ),榎本滋民(えのもとしげたみ),小野田勇などの名を挙げることができる。
第2次世界大戦前後の浅草六区興行街,新宿ムーラン・ルージュなどを中心とした軽演劇,女剣劇(剣劇)なども,一時は熱狂的な支持を得た大衆演劇の一つであった。浅草が生んだ喜劇俳優榎本健一による舞台は,第2次世界大戦に傾斜していく暗い世相のなかで,小市民層に明るい笑いを与えたことが,高く評価されている。ムーラン・ルージュに代表される軽演劇や戦後の一時期ブームを招いた女剣劇は,その興行形態が資本投下による大劇場公演と違って小規模で,団体客を動員することなく,盛場に集まる客を対象にするといった興行本来の形に固執したために,興行街がその性格を変えていったことにつれて,斜陽化の道をたどり,現在はほとんど消滅してしまった。
一方,長い伝統をもつ〈旅芝居〉と称する移動劇団による大衆演劇活動があり,移動する地域を限定することによって根強い人気を保っている。関東の梅沢劇団,劇団わかば,あすなろ劇団,演美座,劇団ママ,関西の大日方満(おおひなたみつる)劇団,美里(みさと)英二劇団,嵐劇団,九州の片岡長次郎劇団などが,東京,川崎,大阪,神戸,坂出,久留米,熊本などに点在する定打ちの小劇場,ヘルスセンターを巡演し活動を続けている。これらの一座は,そのほとんどが時代劇を上演,昔ながらの無台本,口立てによるけいこで毎日違った演目を上演し続ける。座員構成も10人前後のところが多く,中幕につけるショーで,各人がそれぞれ歌や踊りを披露する。このとき観客の提供する祝儀が,役者の生活基盤になっている点では,大衆演劇の原点に立っているともいえる。
執筆者:矢野 誠一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
いわゆる高級演劇や中間演劇に対する、もっとも大衆に親しまれる演劇の総称。芸術性よりは娯楽性が大きな要素になっており、近代大衆社会の拡大に照応して発展した。日本では剣劇、女剣劇、軽演劇、レビュー、ストリップショーの類(たぐい)をさすが、境界はあいまいで、新派(しんぱ)劇、歌舞伎(かぶき)、新劇などのうち比較的大衆向けのものを含めることもある。いずれにしても受け手である大衆の情緒性に左右され、マスコミの影響を受けやすく、栄枯盛衰が甚だしい。また、1970年(昭和45)代あたりから、それまで俗に寄席(よせ)芝居、旅芝居とよばれていた小規模の劇団がこぞって「大衆演劇」を自称するようになったが、これらは入場料も低廉で内容もごく通俗的という点でもっとも庶民に密着した存在であるところから、最狭義の大衆演劇といえよう。
[向井爽也]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…この言葉がジャーナリズムに現れたのは,1931年ごろといわれる。同時に〈大衆演劇〉という言葉も普及しはじめ,その中で意識的に新しい演劇運動をおこそうとした派が〈新喜劇〉または〈軽喜劇〉という言葉を使った。前者は〈旧劇〉である歌舞伎に対する〈新劇〉〈新派〉という言葉と同様の趣旨のもので,後者は,ライト・コメディの訳語といえる。…
※「大衆演劇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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