福里村(読み)ふくさとむら

日本歴史地名大系 「福里村」の解説

福里村
ふくさとむら

[現在地名]明石市二見町福里(ふたみちようふくさと)

加古郡の東部、瀬戸川中流西岸に清水(しみず)川が合流する辺りに位置する台地上の村。北から東は明石郡清水村、南と西は加古郡東二見村・西二見村。慶長五年(一六〇〇)池田輝政領、元和三年(一六一七)明石藩領、寛永九年(一六二三)幕府領(播州明石記録)。天保元年(一八三〇)武蔵忍藩領となり(「忍藩新領高覚書」要中録)、幕末に至る(旧高旧領取調帳など)。


福里村
ふくざとうむら

[現在地名]城辺町福里(ふくざと)

友利(とうむ)村の東にあり、北西は比嘉(ぴいがー)村、西は西里添(にすだていすうい)村で、北部・南部は海に臨む。方音ではフクザトゥ。富川親方宮古島仕上世座例帳に同治一三年(一八七四)西里村(現平良市)より分立したとあり、諸村位定では布上・石上(里積記)。平良(ぴいさら)間切の西原村(現同上)とともに間切時代最後の新村として独立、西里より引分けた新村であるという(南島風土記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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