改訂新版 世界大百科事典 「私的言語」の意味・わかりやすい解説
私的言語 (してきげんご)
private language
ウィトゲンシュタインが《哲学探究》で用いた重要な概念の一つで,感覚,感情,意志,思考といった内的な体験をまったく自分だけのために記録する言語を想定して名付けた。この言語に属する単語は内的直接的な現象のみを指し,外から観察できる表情や動作とは無関係に意味がきまっているので,他人には通じない。ウィトゲンシュタインによるとこの虚構の言語は,他人が理解できないだけではなく,実は用いている当人も〈理解しているようにみえる〉だけで,元来〈言語〉の名に値しない。しかも近・現代の哲学者の多くは,《論理哲学論考》を書いたかつてのウィトゲンシュタインも含めて,常識と科学の言語の基底に〈私的言語〉を想定し,公共言語も結局はすべて〈私〉の意味付与によって構成されたものと考えている。彼は,この言語観こそ多くの哲学的迷妄の源泉であるという。1960年代に,この〈私的言語〉批判をめぐって賛否の議論が活発であった。
執筆者:黒田 亘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報