ことばの最も基本的な単位として,我々が日常的・直観的に思い浮かべるのが単語である。そして我々はこの単語を一定のルールに従って結合させ,より大きな単位である文を構成し,それを表出することによって,他人との間にコミュニケーションを成立させているのである。したがっていわばことばの基本的な〈駒〉として,日頃用いる辞典は単語を集めその意味を記したものという意識があるし,外国語の学習にあたっても,何はともあれ一定数の単語の習得が養成されるのである。もちろん,単語はより小さな単位である音韻から成り立っているわけだが,個々の音韻は特定の意味と結び付いているわけではないのであり,この意味で単語は話者の意識では基本的かつ最小の単位と普通はとらえられていると言えるだろう。このような,単語的なものが,各言語の話者の意識内に存在することは,たとえば古い書記記録(碑文など)に,単語間のくぎりを示す記号が用いられていたり,スペースがあけられていることからもうかがわれるように,決して近代になって言語の科学的分析が行われるようになってからのものでないことがわかる。
では,この単語には厳密にどのような定義が与えられるであろうか。実はこれはかなりやっかいな問題であり,文とは何かという問いかけ同様,単語についてこれで十分という答えを出すことはできない。たとえば,〈山〉〈川〉〈花〉〈時計〉〈歩く〉〈食べる〉〈寒い〉〈なつかしい〉等に対して,〈の〉〈が〉〈れる〉〈だ〉などは,どうであろうか。また〈おはし〉の〈お〉や〈ごはん〉の〈ご〉は単語なのだろうか。また〈箸〉と〈お箸〉は別の単語なのか,〈お箸〉は1単語かそれとも2単語なのかという疑問も出てこよう。同じく〈読む〉〈読もう〉〈読め〉は別単語かどうなのか,どう考えたらよいのだろうか。このような事情は日本語に限らず,多くの言語について見られるのである。これらの問題は文法全体をどう構築するかという問題ともかかわってくるのであり,その中で単語をどう取り扱うかによってそれぞれ答えが違ってくるわけである。
ただ一つはっきりと言えることは,我々が考える単語は必ずしもことばの最小単位ではないということである。すなわち一定の音韻連続と一定の意味(文法的意味をも含む)が結合したものは,たとえば〈寒い〉の〈-い〉や,英語のplayingの〈-ing〉などもそうであり,これは単語の意識からはかけはなれたものである。言語学ではこの最小の有意義単位を〈形態素〉と呼ぶ。したがって単語は一つ以上の形態素から成り立っているということはできるわけである。しかし,これだけではなんら定義をしたことにはならない。そこでつぎに,文法的分析・記述を行う際に,単語というレベルをまったく立てないという立場は別にして,我々の素朴な意識に根ざす単語の姿を漠然とした姿のなかから少しでも輪郭をはっきりさせることは,むしろ文法記述の上からも有用であろうという見通しに立って,定義の試みのいくつかを以下に検討し,そこからどんな特徴を引き出すことができるかを見てみよう。
(1)書かれた場合にその前後にスペース等のくぎりが置かれ,しかもその中にはくぎりをもたない。--これは英語などの書かれた形についていうことができるし,上述のように古代からそのような例は見られる。しかし同じ書かれた形から定義してみても,これは日本語などの場合にはあてはまらないし,そもそも世界中の言語を見わたした場合,書記体系をもたない言語が圧倒的に多いという事実からすれば,書かれた形から単語を定義する試みは普遍的基盤を欠くと言えよう。
(2)音声的特徴を手がかりにする試みもある。--たとえば,書かれた場合のスペースに相当するものとしてポーズ(休止)を取り上げ,前後にポーズがあり,その途中にはポーズがないまとまりを単語とするのである。しかし,これも現実にはコンスタントに存在するわけでなく,実際の発話は音のとぎれない連続であることが普通なのである。また実際のポーズではなく,ポーズを置ける可能性としてみても大して変りばえはしない。たとえば日本語の場合だと,普通は仮名1文字分に相当する音(連続)ごとにポーズを置くことが可能であるが,そこからすぐに単語へと結びつけることは困難である。このほかに,アクセントや母音調和といった現象が手がかりになる場合もあるが,これもどの言語についても言える性質のものではない。
(3)意味面から,ひとつの意味的まとまりをもった単位とする。--これは何をもって〈ひとつの〉とするかが問題となるし,そもそも意味をどう考えるかという大きな問題を含んでいる。
(4)次に機能的な面からの定義として,アメリカの言語学者L.ブルームフィールドの定義がある。これは,言語形式のうち文としてあらわれることのできるものを〈自由形式〉とし,最小の自由形式を単語とするものである。--しかし,この定義に従うと,日本語の多くの助詞や助動詞が,単語ではないということになる。
これらの例からだけでも,単語が決して一つの視点からだけでとらえきれるものでないことが明らかであろう。一定の意味と音形をもち,しばしばそのまとまりが音声的・音韻的特徴によってしるしづけられているだけでなく,機能面でもそれらの特徴の単位として働きうるのであり,またそれを構成する内部要素は一定の順序に緊密に結合されている,といった形で複合的にとらえることによってのみ浮かび出させることのできるのが単語なのである。
なお,こうして輪郭を与えられた単語は,さらに種々の観点から分類が可能である。すなわち,語形成に着目すれば,単純語,複合語,合成語といった分類が,また形態や意味などを基準にして名詞,形容詞,動詞などの品詞に分けることができる。
執筆者:柘植 洋一
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一つのまとまりある意味を表し、独立した形で文法的働きをもつ言語の最小単位。単に「語」ともいう。語は、ローマ字のような表音文字表記の場合は、余白によって区分される単位として扱われる。Neko ga iru.は3語からなる文である。単語は一つのまとまりある意味をもつから、同じ「カワ」でも、水の流れる「川」と動植物の外側を覆う「皮」では意味が違うので、異なる語である。独立した形という点に問題がある、否定を意味するnaiも、kakanai「書かない」では語の一部をなす語尾であるが、takaku nai「高くない」では独立した語となる。kaka-naiのkaka-の部分は単独で発話をつくることのできない結合形式の形態素であって、次にくる-naiと結合してkakanaiの1語となる。したがって、この場合の-naiも独立性を失った語尾とみなされる。これに対し、takakuのほうは単独で発話として用いられるから自由形式である。そこで、takaku naiは2語からなる句である。このように、同じnaiが、語となる場合と語として扱われない場合とがある。その区別は分離性による。二つの要素の間に他の要素が挿入されれば、分離性があることになる。mo「も」という語をこれら二つの要素の間に差し入れてみると、kakamonaiとはいえないが、takaku mo naiとはいうことができる。すなわち、kakanaiのnaiは分離性がないので語ではなく、否定の語尾にすぎない。takaku naiのほうのnaiは分離性があるから語の資格をもつので、takakuとnaiの間に語の切れ目の余白を入れる。同じ規準からtonari no ko「隣の子」は3語からなる句であるが、takenoko「たけのこ」は1語である。「隣の小さい子」とはいえても、「たけの小さいこ」とはいえない。単語は文法的機能をもつ。「タカイ」「タカサ」における「イ」は形容詞を、「サ」は名詞を表す結合形式の形態素であって、これら語尾と結合した「タカイ」は形容詞、「タカサ」は名詞として文法的に働く。
[小泉 保]
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…人間同士の意思伝達の手段で,その実質は音を用いた記号体系である。〈ことば〉ということもあるが,〈ことば〉が単語や発話を意味する場合がある(例,〈このことば〉〈彼のことば〉)ので,上記のものをさす場合は,〈言語〉を用いた方が正確である。また,人間以外のある種の動物の〈言語〉をうんぬんすることも可能ではあるが,その表現能力と,内部構造の複雑さおよびそれとうらはらの高度な体系性などの点で,人間の言語は動物のそれに対して質的なちがいを有している。…
…こうした敬語法は朝鮮語に見られるだけである(例:等称mɔ‐ne〈たべる〉,上称mɔk‐sɯmnida〈おたべになる〉)。他にインドネシア語やタイ語,ベトナム語,ビルマ語のような東南アジアの諸語でも敬語は使用されているが,例えばタイ語の普通体はkin〈たべる〉であり,僧侶に対してはchǎn〈召し上がる〉を用いるといったように,原則的に別な単語が用意されている(なお,日本語でもこの場合の〈召し上がる〉といったような,別の単語が用意される場合もあるが,基本的には先にあげたような同一単語の形態的変化によっている)。こうした敬語法は東洋のモンスーン地帯に発達していて,朝鮮を除く大陸の諸言語には見られない現象である。…
…文法用語の一つ。それぞれの言語における発話の規準となる単位,すなわち,文は,文法のレベルでは最終的に単語に分析しうる(逆にいえば,単語の列が文を形成する)。そのような単語には,あまり多くない数の範疇(はんちゆう)(カテゴリー)が存在して,すべての単語はそのいずれかに属している。…
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年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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