精選版 日本国語大辞典 「現象」の意味・読み・例文・類語
げん‐しょう ‥シャウ【現象】
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一般に事象がわれわれに対して現れている姿を言うが,この現象については古来対立する二つの考え方がある。一つは,時空間的に制約されることのない本体(noumenon)あるいは本質を想定し,それが時空界に現れた姿を現象と考える。カントの現象概念がその典型であり,彼は物のそれ自体における姿つまり物自体と,われわれの感性にとってのその現れつまり現象とを区別し,われわれ有限な人間には物自体は認識不可能であり(不可知論),認識可能なのは現象界だけだと考えた。
それに対して,現象の背後にそうした不可知な本体を想定することは無意味であり,本質とは現象そのもののうちに認められる可知的連関にほかならないとする考え方がある。カントの二元論を乗り越え,精神が己を外化しつつ発展してゆく過程--現象する精神--をそのまま記述し,そこに弁証法的図式を読みとろうとするヘーゲルの《精神現象学》における現象概念もそれである。一般に実証科学は現象のそうした合理的連関をとらえようとするものであるが,実証主義を徹底しようとするマッハなどは,近代物理学の基本概念の一つである因果概念でさえも物体間の力の授受という実証不可能な関係を想定する形而上学的概念だとして退け,あくまで現象相互間の関数関係の記述だけに終始しようとする〈現象学的物理学〉を提唱した。その立場は〈現象主義〉とも呼ばれる。フッサールの〈現象学〉も,〈還元〉という方法的操作をおこなった上でのことであるが,意識現象の記述を目ざす。といっても,流れ過ぎる個々の意識現象をではなく,それらの現象のそなえている本質構造を記述するのである。ここでも,現象とは何ものかの現れとしてではなく,それ自体のうちに記述可能な本質構造をそなえたものと考えられている。今日ではこのような意味での現象一元論が支配的である。
→現象学
執筆者:木田 元
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
形式的にはわれわれの意識主体に現れている事実一般をいう。しかし現れている「すがた」がどうとらえられるかによって、現象はさまざまな意味をもつ。
(1)知識の対象となるすべての経験的事実を意味し、自然現象、社会現象、心的現象などといわれる。
(2)「或(あ)るものの現れ」として、それが現れることによってそれ自身とは別のあるものを指示する。たとえば煙という現象は火を指示している。火の存在は「火の現れ」としての煙という現象を通して知ることができる。
(3)仮象としての現象。現象が本質と分離・対立させられ、現象は本質、真の実在を覆い隠すものとされる。現象のうちにはいかなる真理もないとされ、本質、真の実在は現象を通して((2)のように)ではなく、仮象としての現象を取り除くことによって認識される。
(4)カントにおける現象。現象と本質との区別という枠組みを前提し、しかし(3)と異なり本質そのものの認識は原理的に不可能であるとされる。カントにおいて人間が認識できるのは、直観形式である時間・空間とカテゴリーによって秩序づけられた現象のみである。現象は単なる仮象ではなく経験的実在である。物自体はけっして認識されえない。
(5)現象と本質との統一。ヘーゲルにおいて現象こそが本質を示すのであり、すべての本質は現象する。絶対者自身が現象することがヘーゲル哲学の根本をなしている。
(6)現象学における現象。ハイデッガーはギリシア語phainomenonに立ち返り、現象を「自己をそれ自身に即して示すもの」とした。現象はその背後にけっして現象とはならない本質を隠しているのではないが、現象がさしあたり隠蔽(いんぺい)されていることはありうる。現象学はその覆いを取り除き、現象を開示することをその課題とする。ハイデッガーにおいて、現象学の現象は存在者の存在であり、存在論は現象学としてのみ可能である。
[細川亮一]
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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