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秋元長朝 あきもと ながとも

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

秋元長朝 あきもと-ながとも

1546-1628 織豊-江戸時代前期の武将,大名。
天文(てんぶん)15年生まれ。秋元景朝(かげとも)の子。父とともに上杉憲盛(のりもり)に,のち徳川家康につかえる。関ケ原の戦いののち,慶長6年上野(こうずけ)(群馬県)総社(そうじゃ)藩主秋元家初代となる。1万石。利根川天狗岩堰(てんぐいわぜき)(越中堀)をもうけて新田をひらくなど,藩政につくした。寛永5年8月29日死去。83歳。

出典|講談社
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世界大百科事典内の秋元長朝の言及

【秋元氏】より

…上野館林藩主。13世紀宇都宮頼綱の子泰業が上総国秋元庄を領し,師朝のとき秋元氏を称したと伝える。その後長朝は徳川家康に仕え,1601年(慶長6)上野国総社1万石の城主,その子泰朝は甲斐谷村(やむら)1万8000石の城主となった。喬知は老中となり,武蔵川越5万石を領し,涼朝も老中となり,出羽山形6万石に転封。1845年(弘化2)志朝のとき上野館林6万3000石に転じ廃藩を迎えた。維新後子爵。【藤井 譲治】…

【上野国】より


[産業の発展]
 近世の統一後,上野国でも新田開発が活発になった。戦国期末,大谷休泊による休泊堀(邑楽郡)や,長野氏による長野堰(群馬郡)の開削があったが,江戸期では1604年総社藩主秋元長朝による天狗岩堰が有名である。利根川の水を引くこの用水は,さらに代官伊奈忠次によって延長され,新田2万7000石を得た。…

※「秋元長朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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