秦滄浪(読み)はた そうろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「秦滄浪」の解説

秦滄浪 はた-そうろう

1761-1831 江戸時代後期の儒者
宝暦11年4月8日生まれ。秦峨眉(がび)の長男。寛政2年(1790)尾張(おわり)名古屋藩につかえ,翌年藩校明倫堂典籍,のち教授となる。古書校定をこのみ,「国語定本」「春秋左氏伝校本」などがある。天保(てんぽう)2年7月1日死去。71歳。美濃(みの)(岐阜県)出身。名は鼎(かなえ)。字(あざな)は士鉉。通称は嘉奈衛。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む