稲荷明神社跡(読み)いなりみようじんしやあと

日本歴史地名大系 「稲荷明神社跡」の解説

稲荷明神社跡
いなりみようじんしやあと

[現在地名]広川町井関

稲荷山にあったが、現存しない。かつては境内山周一〇町、稲荷・祇園を祀るほか末社四社、摂社里(さと)神社などが境内にあった(続風土記)。縁起によれば、大治二年(一一二七)一〇月白河法皇が熊野御幸の時、当地で水を求めたので一老翁が献上、法皇の命で建立したのに始まると伝える。観音堂が境内にあり、稲荷社僧も兼ねた。文和年中(一三五二―五六)熊野別当の蜂起による兵火で焼失したが、仮堂舎で祭祀を続けた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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