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立入宗康 たてり むねやす

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

立入宗康 たてり-むねやす

?-1515 戦国時代の武将。
近江(おうみ)(滋賀県)立入城主。六角高頼(ろっかく-たかより)につかえる。明応9年(1500)後土御門(ごつちみかど)天皇の葬儀費用を高頼を通じて提供し,禁裏御倉職(きんりみくらしき)(財政担当)に任じられる。子孫は京都で土倉(どそう)(金融業)をいとなみながら御倉職をついだ。永正(えいしょう)12年5月21日死去。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

世界大百科事典内の立入宗康の言及

【立入氏】より

…戦国時代の京都商人の家。土倉を業とするかたわら,禁裏の御倉を預かり,禁裏の現金の出納や米穀・衣服などの保管をつかさどった。室町通中御門と春日の間(現,上京区大門町)に本拠を置いたことから大門とも上御倉とも称された。立入氏は,家伝によると藤原秀郷の流,松田氏の出で,近江国野洲郡立入に住したので,立入を姓としたという。初代宗康は1509年(永正6)には禁裏御倉職の地位にあったが,諸役免除などの特権が付随するその地位に就きえたことと,立入氏が室町幕府奉行人の家柄である松田氏の同族であったこととは無関係ではあるまい。…

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