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竹垣直温 たけがき なおあつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

竹垣直温 たけがき-なおあつ

1742*-1814 江戸時代中期-後期の武士。
寛保(かんぽう)元年12月26日生まれ。天明6年養父の幕府代官職をつぐ。越後(えちご)(新潟県),河内(かわち)(大阪府)などの代官をへて寛政5年関東郡代付代官となる。下野(しもつけ)(栃木県),常陸(ひたち)(茨城県)で耕地の拡大,人口の増加など農村の復興に成果をあげた。文化11年11月8日死去。74歳。江戸出身。本姓は丹羽。通称は登,三右衛門。名は「なおひろ」ともよむ。

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朝日日本歴史人物事典の解説

竹垣直温

没年:文化11.11.8(1814.12.19)
生年:寛保1.12.26(1742.2.1)
江戸後期の代官。「なおひろ」ともよむ。通称三右衛門。御使番丹羽長利の3男。27歳のとき代官竹垣直照の養子となる。天明6(1786)年46歳で家督を継ぎ,同年越後国(新潟県)川浦代官となる。寛政1(1789)年摂津,播磨,河内の内7万400石支配に移り,摂津・河内堤奉行と廻船方加役御用掛を兼務,さらに大坂御蔵御取締方掛御用を勤めた。一時,手代の不行き届きのため謹慎を命ぜられたが,同5年関東郡代付代官に支配替えとなる。同9年には下野国(栃木県)真岡代官と共に常陸国上郷(つくば市)に出張陣屋を開設,半月交代に出張して民政の浸透をはかった。農村人口の増加と耕地拡大のため,入百姓の導入,奉公人の引き戻し,作付奨励,購入肥料の世話,農業出精,小児養育金の支給,倹約奨励を行った。特に越後国高田付近より真宗門徒の入百姓により多大の成果をあげた。支配地は武蔵,安房,上総,下総,下野,常陸内で8万4408石(『御料郷村多寡記』1809年頃),代官在任22年におよんだ。徳政碑は文化文政期建立の栃木県真岡市の海潮寺(1814),茨城県つくば市の別雷神社(1815)。<参考文献>村上直『竹垣・岸本代官民政資料』,同『江戸幕府の代官』

(村上直)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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